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2021-12-17 00:00:00

京都 / 知恩院

京都 / 知恩院

京都芸術祈願祭 「安穏の祈り」PHOTO GALLERY

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 - 南無阿弥陀仏 人々を照らす希望の教え -

 

 風冴ゆる玄冬の京の都。千古の昔からの寺社仏閣が立ち並び、歳末のにぎわいにつつまれた古都の代表的観光地である東山の町並みは、冬茜の陽に照らされ、光る粉雪のごとくきらきらとした輝きを帯びていた。その数ある寺院の中でも京都を代表する名刹にして800年以上の旧史をもつ知恩院の敷地内には美しい冬紅葉が首をもたげ、年の暮れの祈祷に訪れる参拝者達を歓迎していました。

 

 寺院の入り口には、高さ24m、横幅50m、屋根瓦約7万枚を誇り、その構造・規模において日本最大級の木造門、かつ国宝でもある「三門」が構えています。その楼上内部は通常非公開になっていますが、中は仏堂となっており、中央に宝冠釈迦牟尼仏像、脇壇には十六羅漢像(いずれも重要文化財)が安置されています。門をくぐると、急な男坂、緩やかな女坂があり、その先には、三門と同じく国宝に指定され、法然上人像が設置されている御影堂、そしてその西に位置する阿弥陀堂には浄土宗の本尊・阿弥陀如来が、それぞれ仁愛のお顔で人々を見守っておられます。

 

 知恩院は浄土宗の開祖・法然が後半生を過ごし、没したゆかりの地に建てられた寺院であり、江戸時代には徳川幕府の庇護を受け、壮大な伽藍(がらん)ができました。建築物内には多数の不思議な言い伝えが残っており、このあたりに住んでいた白狐が、自分の棲居がなくなるので霊巌上人に新しい棲居をつくってほしいと依頼し、それが出来たお礼に知恩院を守ることを約束して置いたという「忘れ傘」。狩野信政筆の絵で親猫が子猫を愛しむ姿が見事に表現され、どちらから見ても見るものを正面からにらんでいるように見える「三方正面真向の猫」など、長尺の歴史の中に様々な伝説が伝わります。

 

 法然上人は平安時代末期に豪族の子として生まれましたが亡き父の遺言により出家します。法然の生きた時代は保元の乱(1156)、平治の乱(1159)といくさが続き、地震や飢饉に襲われ、また、釈迦の入滅後、仏の教えが衰え、乱世になるという「末法思想」も人々の間で広がっていました。法然は厳しい求道の日々を重ね、43歳で唐の善導大師の観経の疏の書を読み、苦悩から解き放たれます。阿弥陀仏を称えれば誰もが必ず救われるという教えは、「末法の世」の中で万人の救いとして瞬く間に民衆に受け入れられていきました。当時の日本で、限られた一部の人のためであった仏教が、民衆へと広まるきっかけとなったのです。やがて貴族や武士にも広まり、上皇、天皇までもが法然から授戒を受けます。浄土真宗の開祖となる親鸞も、法然の薫陶を受けています。鎌倉時代に隆盛した他の仏教も、出家せずとも救われるという教えは共通していて、法然が鎌倉仏教の先駆けとなったと言えます。法事などの場で、唱えることも多い南無阿弥陀仏。そこにはさまざまな教えが込められています。法然が明快で誰にでも実践できる「専修念仏」の教えを広めたことが、今日の日常にある仏教に繋がっています。

 

 

- 京に彩られた詩歌のコトダマ -

 

 会場となった知恩院和順会館は知恩院「三門」前の緑豊かな場所にあり、晨朝法要への参加、写経体験、宿泊等ができる施設です。中庭には、父の遺言を胸に、希望を持って比叡山へと向かう若き日の法然上人(幼名:勢至丸)の像があり、その傍らには幼い勢至丸に大きな影響を与えた、父・時国公、母・秦氏君、叔父・観覚得業、の御三方を表す、景石3石(三尊石)があります。また、ギャラリーでは総本山知恩院や浄土宗・法然上人に関する展示を行っており、併設されるライブラリースペースでは知恩院や法然上人に関する図書が拝読できるようになっております。

 

 本展の会期中は、盆地ゆえの底冷えの気候も和らぎ、穏やかな気候に恵まれ、たくさんの方に作品を鑑賞して頂くことができました。立地的、歴史的に観光客や参拝客、特に修学旅行生の学生などが多く、本展にも全国からの中、高校生が訪れ、学校の授業で習う詩歌とはひと味違った作品に大きな関心を示し、「作者の方々はどのような想いで作品を作ったのか?」、「現代の言葉で読みやすく作られているので、教科書に載っている作品よりも身近に感じ取れました。」等、様々な感想や質問を頂く場面も多々見受けられました。現在、依然として世界はパンデミックの中にあり、日本においても希望の見えない明日に悲観し、落胆してしまう人たちも増えています。しかし、本展に訪れて頂いた方々の笑顔を見ると、そんな状況でも心の通った言葉に出会うことで、少しでも暗闇に差す一筋の光となれたのではと感じることができました。「冬来たりなば春遠からじ」。コロナ禍の今こそ心を一つにし、未来を信じ、勇気を持って乗り越える強さを持ちたいと感じる催しとなりました。

 

 最後に、今回の「京都芸術祈願祭 安穏の祈り」が無事に開催、成功できましたのは作者の方々の並々ならぬお力であることはいうまでもありません。心より、感謝、御礼申し上げますとともに皆様のご健康、ご発展をお祈り申し上げます。